雪うさぎ
昨日の雪が残る庭を先生がぽてぽてと足跡をつけながら、戻ってきた。
「この寒いのに、どこに行ってたんだ?」
「ちょっと、一杯だ…」
「全く」
相変わらずの先生の様子に、思わずため息が出てしまう。
そんな空気をまるで読まない先生はのんきに部屋に入ってくると、浮き浮きした足取りでこたつへと潜ってきた。
「そういえば…さっき道の途中で、田沼の子倅を見かけたぞ」
「えっ…」
何気ないそんな一言に心が躍る。
「たぶんここに来るつもりじゃないのか?」
「ホントに?」
そんな約束はしていないけど、でも本当だったらなんの用事だろうか。
「玄関先の雪うさぎはお前の仕業か?」
「あっ…うん」
朝、窓から外を見ていてふとあの二人の姿が浮かんだのだ。
翠の心を助けようと自分の身を呈してまで、その思いを実らせた玄。
最後まで大した手助けは出来なくて…それでも、玄はありがとう~と言葉を残した。
あの二人に自分は何をしてやれたのだろうかと、今も考えてしまう。
あれからもう、一年もたってしまったけれど、小さな雪うさぎの姿の玄を思い浮かべながら、作ってみた。
「あの二人のことを思い出していたのか?」
「…雪が降ったからね」
それだけ言って口をつぐむと、先生もそれ以上は何も言わなかった。
しばらくすると、本当に田沼がやってきた。
玄関を開けると、少し頬を赤くした田沼が立っていた。
「雪で大変だったろう、どうしたの」
「いや、父さんに使いを頼まれた帰りにどうしているかなぁ~と、思っただけなんだけどさ」
「そうなんだ」
「塔子さん、留守なのか?」
「あっ…うん、おつかい」
雪が降って大変だろうから行ってこようかと言ったら、逆に雪道を歩く楽しみを奪わないで!と、拗ねられた…という話をすると、塔子さんらしいと田沼が笑う。
「そう云えば、玄関先にあった雪うさぎって、塔子さんが作ったのかな…すごく可愛かったけど」
そう言われてしまうと、自分が作ったと名乗り出るのは恥ずかしかった。
「あれはこいつの仕業だぞ」
いきなり、こたつの中から声がした。
「なんだ、ポン太はいたのか」
「いて悪いかっ」
さすがに田沼はそんなふてぶてしい態度の先生にもひるまない。
「あれ…夏目が作ったのか?」
「あっ…うん」
「すごいな、夏目…うまいじゃないか。すごく可愛かったぞ」
「ありがとう…」
こんなふうに素直に褒められると、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「あれはさ、ちょっとした思い出…なんだ」
「思い出?」
「うん」
たった一年前の思い出…悲しい妖しの物語。
田沼になら、話してもいいかな。
そう思って、先生の顔を見てみるが素知らぬ顔をされた。
好きにすればいい…と、いうことかな…そう思うことにする。
「聞いてくれるか?」
そう言って田沼に、玄と翠の物語を静かに話しだした。