まほろば
「なぁーお前さぁ、本当に何も持てない訳?」
「無理ですよぉー、だってほら…」
そういって目の前にある碁石を取ろうとした佐為の手が、碁石をすり抜け、碁盤までも通り抜けてしまう。
ニコニコしながら、佐為は面白がって何度も「ほらっ、ほらっ?」と、同じことを繰り返す。
「やめろよっ?」
突然ヒカルが、声を上げた。
その声に驚いて動きを止めた佐為が、きょとん…として、ヒカルの顔を見つめる。しかしすぐに我に返った。
「どうしたんですー、ヒカルぅー?」
ヒカルはヒカルで、何も言わずにただじぃっーと、佐為の指先を見つめていた。
そんなヒカルの様子に、佐為は何かを感じ取る。
そして、徹底してヒカルに絡んだ。
「ヒカルってば、ヒカルぅー? どうしたんですぅー? ねぇーってばぁーっ
っっ?」
べたべたと、うっとうしいぐらいに付きまとう。
「あぁぁー、うるさいっ?」
これにはさすがに我慢できず、ヒカルも音を上げた。
「本当にどうかしたんですか…ヒカル?」
「別に…」
「ヒカルぅ…」
話してくれないことを心底悲しんでいるような、シュンとした佐為の様子に、
ヒカルの重い口がようやく開く。
「あぁ、もうっ…わかったよっ? 言えばいいんだろう…言えばっ!」
コクリと佐為が頷いた。
「お前がさ本当は、ちゃんと実体としてそこにいるんじゃないかな…なんて、ちょっと思っちゃったりしたんだよ。だって、俺の目にはお前がはっきり見えているんだから…。千年も前のずぅーっと昔の人間だって、ちゃんとわかっているけど、でも、本当にお前が生きていたら…って。なのにお前、平気な顔で自分の手、透かして見せたりするから、ぞっとしたんだ」
ヒカルの胸の内を聞かされて、佐為は悪戯心でやったことを反省する。
「ごめんなさい、ヒカル。そんなつもりじゃなかったんです…ほんと、ちょっと遊んでみただけで、でも…」
「いいんだ…佐為が悪気があってやったわけじゃないことぐらい俺だってわかってるよ。だから…」
佐為と出会って、一緒に付かず離れずいることで、ヒカルは彼がまるでこの世の者のような錯覚を覚えてしまっていたのだ。
頭の中ではわかっているのに、感覚として、なんでも自分と同じように出来るのではないかと、そう思ってしまっていたところがあった。
本当は、違うのに…。
「お前が、幽霊だってわかっているのに、そう思えないんだ」
「ヒカル…」
「そんなふうに、俺が思いたくないからなのかな」
佐為も思う、自分が今ここに本当にいられたら良かったのに…と。
「お前と同じ空間に生きられたらよかったのにな」
ヒカルの言葉が佐為の心を揺るがす。
私もそう思いますよ、ヒカル……心の呟きは、ヒカルの心にまでは届かなかった。