刻のかけら
「…佐為、最近コワイぜおまえの顔」
この間、ヒカルにそう言われた。
やっぱり忍び寄る危機感が、いつの間にか顔に表れてしまっていたのだろうか?
私が碁を打ちたいと漏らすたびに、文句を言いながらも付き合ってくれるヒカル。時には、気晴らしに…とできる範囲で私に碁を打つ場所を作ってくれたり、本当にヒカルには、感謝しなくてはいけないと思う。
本当にそう思っているのだけれど、でも、私はついつい我が儘を言っては度々ヒカルを困らせた。
「私に…私に打たせて下さい」
あの時もそうだった。
新初段シリーズのあの時も、許されるはずなど無いことなのに、ヒカルは私の我が儘を最後の最後に、渋々ながらも承知してくれた。
ヒカルにとって、とても大事な一線だったというのに…。
ハンデを瀬をって挑んだ対戦は、負けてしまったけれど、ヒカルはそれに関して何も語らない。
一度だけ売り言葉に買い言葉で、うっかり口に出してしまった…というようなことがあったけれど、それもあれ一回きり、ヒカルは私のことを気遣ってくれている。
ヒカルの下にに降り立って、私は何をすべきだったのだろう。
「どーせ、オレはバカで優しくねーよ」
私がいけないのに、私のせいなのに、ヒカルにこんなことを言わせてしまうなんて…。
私はヒカルの役に立っていますか? …ヒカルのためになっていますか?
できることなら、このままこうしていつまでも、あなたと一緒にいたいのだけれど、でもそれは、かなわない夢らしいですから、せめてあなたのことを見守りたい。
でもそう思っているのに、ダメですね。
ヒカルは優しいから、私はそれに甘えてしまうんです。
塔矢名人とのインターネットでの対戦。
仕事で出かけた先での、緒方との対戦。
どれもこれも、私の我が儘をヒカルが許してくれたから実現した。
私はヒカルに、どんな感謝の言葉を捧げたらいいのだろう。
「佐為、おまえが打てよ」
何度もそう言って、私に碁を打たせてくれた。
これで最後これが最後、私はまたこの世に姿を現すことができるのだろうか…?
次が無くてもいい、もう誰にも降りられなくても…。ヒカルと共に過ごす長い時間が、私は欲しい。
無理だとわかってはいても、願わずにはいられない。
「…ヒカル…」
「なんだよ…」
いつまでもいつまでも、こうしていられたらいいのに…。
思い出なんかじゃなくて、今、この刻に生きていたい。
ヒカルが生きるこの刻に…。