ベジタブル
「夏目の唐揚げもーらい!」
「おいこら、西村っ!」
昼休み、クラスの違う田沼と北本もうちのクラスまで来て、弁当を広げるのがいつのまにか当たり前のように習慣づいていた。
西村が人の弁当を覗き込んでは、気に入ったおかずに手を出すのも定番で、それは決まって夏目の弁当だったりする。
「んん~うまい。やっぱり塔子さんの作る弁当は美味しいなぁ~。夏目、幸せもんだよな~」
「お前、今日は自分の弁当があるだろうが、人のもんに手ぇー出してんなよ!」
どんなに北本が勇めようとも、一向にそれをやめる気はないらしい。
「じゃあ、夏目にはこの人参をやろう」
自分の弁当の中から、煮物の人参を取り出すと夏目の弁当の上に乗せた。
「お前は子供か…」
ため息交じりにそう言うと、夏目は仕方なくその人参を口の中に放り込む。
「人参美味しいのに…」
「そう云えばさ、田沼んちってお寺だよな…お父さんてお坊さんなんだろ」
「ああ」
「お坊さんってさ、ショウジンリョウリっていうの食べるんだろ?」
「はっ? あっ…ああ、精進料理な」
「そうそれ、精進料理」
「精進料理っていうか、野菜中心の食事みたいな…でもうちの親父、肉も魚も食べるぞ」
「へっ?」
昔の坊さんはダメだったらしいけどな…と、注釈を付けて説明をする田沼の話をみんなで聞いた。
「そうかぁ~、昔は肉魚どころか、結婚もできなかったのかぁ~」
「お坊さんって大変だったんだね」
「まあ、今もなるべく殺生は控えるって考え方で、普通の人よりは肉も魚も量は食べてないとは思うけど…」
「田沼も?」
田沼の父親が肉を控えるということは、田沼も食べていないのかと思って気になった。
「いや…さすがに俺は食べてるぞ。親父も俺の分は子供の頃から普通に肉とか魚とかでおかず作ってくれたしな」
「そうなんだ…」
「田沼ンとこ、親父さんと2人暮らしだもんなぁ~。もしかして、田沼…料理とか得意だったりして…」
「まあな」
そう言われて田沼は少し照れたように返事をした。本当に小さい時に両親を亡くしていた夏目は、親戚の家をたらいまわしにはされたけれど、それでも一度も家事というモノをさせられた記憶はない。
「すごいな」
正直な感想だった。高校生男子で料理が出来るなんて、尊敬に値する。
「俺も俺もぉ~、味噌汁作れるぅ~」
「お前のはインスタントにお湯入れるだけだろうっ!」
純粋に田沼の作ったご飯が食べてみたいと、夏目は思った。
「今度、田沼の作ったご飯食べてみたい」
その言葉が自然と口から出てしまった。
「おっ、いいねぇ~。その話乗ったっ!」
「な~にが、乗っただ。田沼に迷惑だろう」
一応、北本が西村を止めてみるが、当の田沼はあっさり了承の意を示した。
「いいぞ、じゃあ明日にでもうちに来るか?」
「おお~、やったね。なぁ~夏目!」
「ああ…いいのか、田沼?」
「もちろんさ、夏目が食べたいって言ったんだろう?」
「そうだけど…うん、食べたい」
うっかりしてしまったと戸惑いながらも、ちょっと嬉しそうな様子を見せる夏目を見て、田沼は早速、明日の献立を頭の中で考え始めた。