宵闇
佐為がいない。
振り向けば必ずそこにいたはずの佐為が…。
寂しさと絶望感が、一辺にヒカルの心を打ちのめす。
あちこち探し回りそれでも信じられなくて、たどり着いた棋院で、遠い昔の佐為を見つけ、涙した。
もう絶対に手の届かないところに行ってしまった佐為のことを思って…。
‥‥‥もっと、あいつに打たせてやればよかった‥‥‥
悔やんでも悔やみきれない自分の不甲斐なさに、ヒカルは打ちひしがれる。
「…佐為…」
神の一手を極めるという目的が…想いがあったはずの佐為が、突然その目的も果たさずにいなくなってしまうなんて…と、信じられない思いが、ヒカルの中で膨れ上がる。
しかし、現実に佐為はいない。
それが、何を意味しているのか、そのときのヒカルには考えられるだけの余裕は無かった。
彼にあったのは、佐為に置いていかれたという思いだけ…。
佐為が消えてしまって悲しいという気持ちだけ…。
「なんで…」
目指すものも自分の居場所も見失って、闇の中をさまよい続けるヒカル。
誰の声も聞こえない。ただただ、佐為の姿を求め続ける。
「佐為…姿を見せてよ。オレのとこに戻ってきて…」
いくらその名を呼んでも、帰ってくるのは静寂だけ。ヒカルの声だけが空しく響く。
無気力で怠惰な日常。ヒカルの瞳には、何もかもが色あせて見えていた。
自分が碁を打たないでいて佐為が戻ってきてくれるのなら…とも考え、無理やりに現実から目を背ける。
そんなことで佐為が戻って来るはずが無いと、頭の中では分かっていたのに、心がそれを否定したがっていた。
それほど佐為に戻ってきて欲しかったのだ。
友人たちに呆れられようが、見捨てられようが、関係ないと自分に言い聞かせて…。
なのに何故だろう、伊角の言葉だけは無視することができなかった。
「…お前の人生なんだから、碁をやめようがとやかく言う気はないけど、でも、一局だけ、オレと打ち切ってくれないか」
「オレのために…」
あれがヒカルの転機になった。
自分の中の佐為と佐為が与えてくれたものの大きさに、改めて気がつく。
(…こんなところにいたーーー)
佐為が教えてくれたのだ。姿は見えないけれど、確かにヒカルに…。
(…私はいつもヒカルと共にありますからね…)
そんな言葉が聞こえた気がした。
あれから、数日して見た夢の中の佐為は、何も言ってはくれなかったけれど、目の前に差し出された扇が、その全てを語っていたのだろうと思う。
ヒカルの歩むべき道を示してくれた。
「もう、迷わない。佐為はいつだってオレと一緒だ」
ヒカルが、新たな一歩を踏み出した。