SNOW FLAKE
音もなくひらひらと空から舞い降りてくる真っ白な欠片。
何もかもが白く染まった一面の景色の中に佇んでいると、自分までもがそのままこの音のない世界の中にその一部として取り込まれてしまいそうになる。
ただひたすら落ちてくる白い小さな欠片を見つめていると、忘れられないあのときの光景に重ね合わせ、胸が痛くなる。
「…きれいだったなぁ…」
春、桜吹雪の舞い散る中に一人たたずんでいた佐為。
散り行く花に自分の運命を重ね合わせていたのだろうか…胸が痛くなるほど哀しげで儚げだったあのときの佐為の面影が、今も忘れられない。
けれど、今の自分には支えてくれる存在がある。
(だからもう大丈夫だよ…佐為)
「何が、きれいだったって?」
ぼうっーと寒空の下、雪を眺めているのをホテルの窓から見定めたのか、追いかけてきた和谷が声をかける。
「えっ…あれっ」
いつ来たのだろうと…首を傾げていると、さりげなさを装いながらその首にマフラーを回しかけてくれた。
「あっ…サンキュ」
「お前、こんな寒い中でただ突っ立ってたら、風邪ひいちまうぞ!?」
顔を顰めて言う和谷を見て、また心配をかけさせてしまったのかなぁ~と、ぼんやり思う。
寒いのがわかっていながら外に出たのは自分だったし、突然雪が見たいと言ってこんなところまで、付き合わせたのも自分。しかも、ホテルやら列車の手配やらすべて和谷にやってもらってしまったのだ。
今年こそ、クリスマスには二人で過ごしたい。そう話していた和谷に『雪が見たい』と言ったら、あれよあれよという間に予定が組まれてしまっていたのだから、口を挟む余地もなかった。
けれど思うのだ。こんなところにまで来ていながら、本来一緒にいるべき和谷を置いてきぼりにして、独り物思いにふけっているというのは、どうなのだろうか…と。
そのことを和谷はどう感じているのだろうか…と。
昔だったら、そんなこと考えもしなかったことだけれど、さすがにもうあのころの自分とは違う。
佐為がいなくなり、周りを見ることが出来なくなっていた自分。
みんなの心配する言葉や差し伸べられていた手までも、拒絶してしまっていたあのころ。
そんな自分の振る舞いが周りの人間を傷つけていたなどとは、考えもしなかった。
「俺じゃお前の力になってはやれないのか…?」
伊角との一局で自分の居場所を取り戻したつもりになっていた自分にそんな言葉が投げかけられ、胸に突き刺さる。
そう告げられて、初めて和谷を傷つけていたのかもしれないと知った。
けれど、あれから和谷はそのことについては、ひと言も触れようとしない。
時間の許す限り寄り添う様に、傍にいてくれる。まるで、姫君を守る騎士のように…。
むろん、言葉が過ぎることがあるのはお互い様で、時折けんかになったりもするが、たいがい和谷のほうが先に折れてくる。
いろいろ本当にいろんなことがあったけれど、和谷は忍耐強く支えてくれた。
一番のライバルとされる塔矢と二人でいることすら、暗黙の了解の内なのか、口を出してこようとはしない。
だから…という訳でもないが、そんな和谷に対して少しだけ寂しい気持ちを持ってしまった。
和谷の心のうちが…本当の気持ちが知りたいと思ってしまったのだ。
ふと、雪が見たいなどと言ってしまったのも、本当は二人きりになりたかったから。
地元にいたら、なんだかんだと理由をつけていつものメンバーが集まってしまうか、塔矢に邪魔をされるかもしれないと、思ったからだ。
そんな自分の気持ちを察していたのかどうなのか?…いずれにしても、和谷の行動は素早かった。
もっとも、二人で過ごしたいと言っていたのは、和谷が先だったのだから、当然のことだったのかもしれないのだが。
もし本当に同じ気持ちでいたのなら、こんなに嬉しいことはない。
ここに来る前の日、たまたま棋院であった冴木に「ガンバレっ!」と、声援されてしまった。
あの人にはいろんなことが、すっかりバレバレらしい。
さすがに心の機微には敏感なようだ。
「雪…きれいだなぁーと思って、気がついたら外に出てきちゃってた」
「いくらきれいだからって夜は冷えるんだから、もうちょっと考えろ。せっかく遊びに来たのに風邪でも引いて寝込んだら、笑い話にならないだろう」
「うん、そうだな」
「もう気は済んだか? そうなら部屋に戻るぞ」
「…うん」
深々と降り続く雪に背を向け、和谷とともに歩き出す。
「あのさ…」
「なんだ…?」
「いや、今回の旅行来てもよかったのかなぁーとか思って…」
「なんで?」
自分の言い方が悪かったのか、逆につっけんどんな言い方で聞き返されてしまった。
「うん…またみんなでクリスマスパーティやろうとか、奈瀬たち言ってたじゃない」
「別にいいだろう…俺たちは俺たちで。どうせ、みんなとはそれ以外でも会うんだし、俺の部屋でだって集まれる」
「うん、でもさ…」
「…お前、俺と二人っきりが嫌なのかっ!!」
またやってしまった。そんな風に思っていないのに気持ちがうまく伝えられていない。
これでは和谷を怒らせるだけだというのに…。
「ううん、そうじゃない。そうじゃなくて…本当は俺だって二人っきりがよかったんだ」
「ならっ…」
「だけど、改めてこうやって和谷と二人っきりなのは、なんだかちょっと緊張する」
「…なんだ」
呆けた様に力を抜いた和谷が、ベッドの上に座り込む。そして、手招きで横に座れと促した。
「あいつらと一緒も楽しいけど、でも俺はやっぱりお前と二人っきりの時間も欲しいからな。だから、お前が雪が見たいって言ったとき、これ幸いと勝手にことを進めたんだ」
「うん、雪が見たかったのは本当。でも、俺も和谷と二人になれたら良いなぁ~って、思ってた。それになんかちょっとね」
「なんだ、ちょっとって?」
「和谷が何考えてるのかなぁーって、思ってた」
「何って…」
「うん、和谷にとっての俺って、どんだけ迷惑な存在なのかとか…」
途端に頭に拳が降ってきた。
「痛っ!」
「お前はもうー、どれだけ後ろ向きなんだ…」
「うん、自分でもそう思うけど、でも俺…和谷に助けられてばっかりじゃん。そう考えたら、なんか俺って厄介者?…とか、思っちゃうし」
呆れ顔で見つめる和谷に今度は頭をぐしゃぐしゃと、撫で回される。
「全く、ホント目が離せないっていうか、放っておくと何考えてるんだかわかんない奴だなぁー」
「なんだよ、それっ!」
「ばぁか、よーく聞けよっ! 俺はお前のことが大事なの。もう二度とお前が悲しい目になんかあわないで済むように、ずっとずっと俺が傍にいてやるって決めてるんだ」
「だって、俺…全然ガキだし…」
「俺はそんなお前がいいの。それにガキっていうんなら、俺だってまだまだガキだぜ。だって俺たちまだ未成年だもんな。まっ、俺はもう18にはなったけど…」
そう言いながら、和谷は肩に手を回し自分の方へと抱き寄せる。
「俺…いっぱい和谷に助けてもらったよ。だから、本当は和谷に話したいことがあるんだ。でもね、今はまだ…」
「無理に言わなくったっていいんだ。お前が話せるようになったらでいい。俺は急がないし、急ぐ必要もないだろう。だって、俺たちにはまだまだ長い時間があるんだから」
長い時間…そう今の自分たちにはこれから先まだまだ歩んで行く時間がある。
佐為にはその時間は残っていなかったのだけれど…。
たくさんたくさん学んで、佐為を越せるように…和谷と二人で歩いていけるように…しっかりと足を地に付けて。
「だからさ、今は俺たちは俺たちのままでいいんだと思う」
「俺たちのままか…」
「一歩一歩進んでいこう。それが俺たちが今できること。それに俺はヒカル…と一緒にいられたら、それが一番嬉しい」
「うん、俺も嬉しい。和谷と一緒に歩けたら自慢できるかな」
「誰に…?」
「…内緒?」
(もちろん、佐為にだよ…)