空梅雨
今年の天候は何かおかしい。
春はやたらと雨が続いて、五月晴れの日も余り無かったと思ったら、梅雨に入った途端に雨が降らなくなった。
ほんの少し、気持ち程度の雨が降ったかと思うと、すぐに晴れ間が続くのだ。
しかも、暑い。真夏の日差しなのだ。夏は好きだが、今からこんなで夏が終わるまでこの調子だったら、と思うと、いささかぞっとしてしまう。
アパートの俺の部屋にも、昨年やっと、クーラーを設置した。毎年毎年、進藤が来るたびに「暑いっ! クーラーぐらい買えよっ」と、うるさいぐらいに騒ぐので、昨年残暑の続く多少なりともシーズン物の商品が安くなった頃を見計らって、進藤を連れて買いに行ったのだった。
だから今年は外から家に帰るのも、悪くは無いと思う。
留守の間、締め切った部屋の中のムッとする空気は嫌だけど、その部屋の空気を抜いて、少し我慢すれば、部屋は涼しくなる。
俺は帰ってくると必ず、一度窓を全開にし、換気扇も回して部屋の空気を入れ替える。
けれど、進藤の奴はそれをしない。部屋に入るなり速攻で、クーラーのスイッチを入れるのだ。
「だからー、まずこの熱い空気入れ替えないと、冷えないって…」
何度と無く同じことを口にしたけど、それを実行する気配が無いので、俺も諦めて進藤のいる日は、あいつのやりたいようにさせている。
冴木さんにそれを言ったら、「お前、進藤にはホント甘いよなぁー」っと、呆れられてしまった。
「俺、そんなに甘いかなぁー?」
「何、何…?」
クーラーのまん前で冷たい風を独り占めしていた進藤が、振り返る。
「お前が我が儘だって、話」
「えぇーっ、なんだよそれっ」
不満そうに口を尖らせる進藤は、あの頃のままだ。
「そのお前に付き合って、我が儘を聞いている俺は、メチャクチャお前に甘いってさ」
「誰が言ったの、そんなこと」
「冴木さん」
「ふ~ん」
「なんだよ」
すると、突然進藤が、擦り寄ってきた。
「和谷って、俺に甘いんだぁー」
なんだか、とっても嫌な予感がする。
「ふ~ん」
「そんなことは無いぞっ」
無駄な抵抗だとは思うが、一応否定をしてみる。
「それじゃさ、今俺がとーっても、アイスが食べたいなぁーとか言ったら、買ってきてくれるよねぇ」
それ来た。こんな時は絶対にこういうことを言い出すんだ、こいつは…。
「それはー、今の時間、外がメチャクチャ暑いって、分かっていて言っているのかなぁー、進藤ヒカルくん?」
「もちろん」
しれッとそう答える進藤に、俺は返す言葉も気力も無い。
「へいへい」
渋々、財布を手に玄関に降りようとした俺に、追い討ちがかかる。
「冷蔵庫に飲み物も切れてたから、何か飲み物も欲しいなぁー」
「…っ、他には?」
「後は別に無いかな」
そう言いながら、下から見上げるように様子を伺う進藤に、不意打ちのようにキスをしてみた。
一瞬驚いた顔をした進藤はすぐに、満面の笑みを見せ、俺に笑いかける。
「いってらっしゃーい」
小さく手を振るあいつに促され、俺は梅雨のはずなのにかんかんと照りつける外へと飛び出した。
あの顔見たら、逆らえないよなぁー、やっぱり俺って進藤に甘いかもしれない。また冴木さんに呆れられるな…と思いながら、コンビニへの道を急いだ。