水族館
結局、佐為の奴を水族館に連れて行ってやれなかったな。
あの時約束したのに…絶対連れて行ったやるって。
でも、約束を果たす前に佐為はいなくなってしまったから…。
「和谷」
突然呼び出されて、何事かと飛んできた和谷に向かって、ヒカルが言った。
「水族館に行こっ!」
「はぁー?」
そりゃあ、寝耳に水である。
「水族館ん~って、何しに?」
「水族館っていったら、さかな見にに決まってるじゃん。和谷…バカ?」
「…って、おまえなぁ何の脈絡もなしに言っといて、そういうこと言うか、普通…」
「うーん、言わないかなぁー」
「言わないだろっ、訳を話せ訳を…。なんでいきなり水族館なんだ」
「うーん、突然行きたくなったから」
「そう来たか」
「だから…ね、行こっ☆」
こりゃ、何を言っても無駄だなっと感じた和谷は、仕方なくヒカルに付き合って水族館に行くことにした。
ヒカルに連れてこられた水族館は、公園の中の一角にあった。
入場料を払い中に入ると、まず、エスカレーターで中に降りる。
降りた先には大きな水槽があって、その中で悠々と魚たちが泳いでいた。
「うわぁー、やっぱ大きいなぁー」
「これ、まぐろか?」
「そうだよ。俺、小さい頃よく父さんにここへ連れてきてもらったんだ」
「ふ~ん」
「最近は、全然来てなかったけどね」
ぽつりとそう言ったヒカルは、どこか寂しそうだった。
「あっち行こう。熱帯のさかなとか、いろんなのがいるんだ」
腕を引かれて有無を言わさず、連れて行かれた。
あっちだ…こっちだと、引き釣り回され、気がつくとまたマグロの水槽に戻ってきていた。
じいーっと、水槽を見つめていたヒカルが、何かを呟いたのだが周りの喧騒で、和谷にはちゃんと聞き取れなかった。
………佐為っ………
さっき水槽を見ていたときに、話していたヒカルの様子と同じ雰囲気で、声を掛けるのをなんとなくためらわれてしまう。
最近はずっと、明るく元気になったけれど、ある一時期のヒカルは、本当に見ていられなかった。その頃に近いものを、和谷はヒカルの中に見たような気がした。
「和谷、あっちにお土産コーナーがあるから行こう」
そう言って振り返ったヒカルの顔は、いつもと変わらない表情で和谷に笑いかけていた。
「うーん、どれにしよう…」
「なんだよ、ぬいぐるみなんか買っていくのか?」
たくさんのぬいぐるみの前で悩んでいるヒカルに、和谷が声を掛けた。
「う~ん、どれも可愛いから、迷っちゃうんだよね」
白アザラシやら、マンボウやら、ナポレオンフィッシュやら、その他もろもろを手に取りながら真剣に悩んでいるヒカルの姿は、なんだか少し微笑ましい。
「俺なら、こっちだな」
マンボウを手に取って、ヒカルに持たせる。
「そうだよなぁー、これ可愛いもんなー。このレインボーのイルカも捨てがたいけど、やっぱりさかな系がいいか」
そう呟くと、何故かヒカルは、ナポレオンフィッシュやらエンゼルフィッシュやらマンボウをひとつずつ抱え込んだのである。
「そんなに買うのかぁー?」
「うん、お土産」
「誰の?」
少しだけ、そのお土産をもらう人に嫉妬してしまう。
「うーん、今はもういない人」
「いない人…?」
「うん。これお墓とかに供えてあげようと思って」
そう聞いて、和谷は少し胸が痛んだ。
「これを墓にかぁー」
「そう。本当はその人を、水族館に連れてきてあげたかったんだけど、もういないから、だからぬいぐるみで行ったつもりにさせてあげようかと思って」
「そうか」
それ以上和谷は、何も言わなかった。
ヒカルが会計を済ませ、和谷の姿を探していると、突然ヒカルを後ろから和谷が抱きしめた。
「何するんだよぉー」
「羽交い絞め…じゃなくて、これやる」
手渡された袋を覗き込むと、そこにはヒカルが名残惜しそうに見ていた、レインボー色のイルカが入っていた。
「いいの?」
「ああ」
「ありがとう…すごく嬉しい」
ヒカルの満面の笑みが見られて、こんなデートも悪くないかも…と、思ってしまった和谷であった。