粉雪が舞い散る夜に…
そろそろ寒さが身にしみる季節となり、部屋にコタツを出したら、そこはすっかりヒカルの住処となりはてている。
今更…と思いつつも、家主の威厳はどこにも無いことに、いささか危機感を覚えつつある今日この頃。
「今年ももうすぐ終わるね」
「そうだな」
今日も今日とて部屋へ上がるなり、もぞもぞとコタツに潜り込んでは、まったりとくつろいでいる。
「そういえばさぁー、奈瀬からメール来てたけど和谷のとこにも来てるだろ」
「あの、クリスマス&忘年会を一緒にやっちゃおうとかいう奴か?」
「そう…しかも場所はここ」
そういえば、他にもここを根城にしている奴らがいるんだったと、ため息をつく。
「全く、奈瀬の奴…ろくなこと言い出さないよ」
「うんうん、去年も…」
昨年も同じようにここがある種の宴会場として使われ、後始末が大変だったということを思い出した。
「飯島は何してんだぁ~? クリスマスって言ったら、デートだろう」
「さあ…って言うか、あいつも去年ここで潰れてた気がするんだけど…」
「そういや、そうだった」
はかない希望だったと、肩を落とす。だいたい奈瀬が言い出すことなのだから、そこに彼が頭数に含まれていないはずも無い。
「今年はどうなんだ?」
「何が?」
「誰が来るんだって?」
「さぁー、奈瀬に聞けば?」
さらりと答えるヒカルに悪気が無いのはわかっているが、和谷はどうにもやりきれない気持で一杯だった。
「まっ、伊角さんと本田さんは来るんじゃない。あと、飯島と越智? 小宮さんとフクも来るか…ああそういやこの間オレ、門脇さんのメルアド聞かれた」
「がぁっ~」
全く人の部屋をなんだと思っているんだか…、きっと金の掛からない集会所だとでも思っているに違いない。
「…っていうか、この狭い部屋に何人集める気なんだあいつはっ!」
「さぁー?」
六畳一間のアパートの一室、確かにたいした家具などは無いので広々とはしているとは思うが、それでも六畳間であることには変わりなく、ましてや冬のこの時期コタツを作ってしまったため、だいぶその広さが損なわれているともいえた。
「コタツにみんなでは入れないよね」
ぽそりと論点から外れたことを、ヒカルが言う。
「いや…そういう問題じゃなくて…」
「えーっ、だって寒いじゃんこの部屋」
「確かにそうだけど、でもそうじゃなくて…」
あきらかに話がそれている。今ここで問題にしたいのは、何故この狭い部屋にみんなが集まらなくてはならないのかをいうことなのだ。
それも…せっかくのクリスマスの夜に…。
「だって、仕方ないじゃん。いままでずっとそうしてきたんだし…」
ヒカルの言う通りだった。毎年、奈瀬が言いだしっぺとはいえ、それをあえて何も言わずに黙認してきたのは和谷で、今更やめようなどとは言い出せない。
「…そうなんだよな」
「だから、あきらめなよ。この部屋が宴会場になっても…」
「おいっ!」
「片付けは手伝ってやるからさ」
そう言って、コタツからのりだしたヒカルは和谷の頬に軽くキスをした。
手合いを終え、棋院を出ようとしたところで、後ろから声をかけられる。
同門の冴木だった。
「おい、奈瀬からメール来てたけど、またお前の部屋で忘年会するんだって?」
「…っていうか、クリスマス会?」
「なんだそりゃ…? まっ、なんでもいいけどさ、俺も一応参加な」
「また、増えた…」
「何…みんな来るのか?」
「そうみたい」
「おっ、伊角…お前も行くのか?」
ちょうどエレベーターから降りてきた伊角に、冴木が声をかけた。
「クリスマス会…ですか? まっ、付き合いですから…」
伊角はそう答えながら、和谷に同情してか苦笑いを浮かべた。
「なになにぃ~、クリスマス会って、なんのことぉ~?」
にぎやかに話に割り込んできたのは、塔矢門下の芦原だった。ちょうど、伊角の後ろからエレベーターを降りてきたらしい。
とんだところで、頭の痛い人に捕まってしまった…と思ったのは、和谷だけではあるまい。
「…で、どこでやるの…そのクリスマス会? 冴木く~ん?」
「…あ~、和谷んちで…」
「冴木さんっ!」
和谷が悲痛な面持ちで、声を上げた。
「わーいいなぁ~、僕も行っていい? ねえ和谷くん」
「…分かりました。奈瀬に伝えときます」
そう答えながら、恨みがましい目で冴木を見た。しかし冴木はその視線をさっと交わして、さりげなく芦原を連れ去る。
「…災難だな、和谷」
かわいそうにという目で見つめる伊角に、和谷はため息を漏らした。
「もう、仕方ないよ。冴木さんが来る段階でこうなることはなんとなく予測がついたし…」
「進藤はどうするって?」
「まっ、つきあってくれるらしいですよ」
「そっか、まあ適当に頑張れっ…」
「はあ…」
その日の棋院からの帰り道の和谷の足取りは、とてもとても重かった。
結局、予定よりも人数が多くなってしまったため、当初奈瀬が予定していた料理の持ち寄り案はなくなり、みんなでお金を出し合ってケータリングサービスを利用することになった。
ただ、ケーキは別口で冴木と芦原からの差し入れと何故か、飛び込みで現れた塔矢アキラの差し入れが二つ並んだ。
塔矢がそこに現れるきっかけとなったのは、もちろん芦原の仕業である。
いつものように軽い調子で、「アキラもおいでよぉ~」とでも言ったのだろう。
思慮深い塔矢アキラが、それをどう受け取って来る気になったのかは定かではないが、実際来てしまったのだから受け入れるしかない。
「すっごい、外が寒かったんだけど…」
「ホントそうよねぇ…雪でも降りそう」
「そんなに?」
「あんたはそうやって、ずっとコタツに潜り込んでるから、分からないだろうけどね、外に行って御覧なさい。ホントに寒いんだからっ!」
みんなが来ても、コタツに入ったまま動こうとしないヒカルに、奈瀬が発破をかける。
コタツ以外にストーブもついているので、部屋の中は比較的暖かいが、外の冷え込みはひどいらしい。
「ああ、なんか天気予報で今日の夜、雪マークがついていたみたいだったよ」
越智が料理を突付きながら、そう言った。
「東京で?」
「うん」
「マジ…?」
「どおりで、寒いわけだわ」
「今日はここで雑魚寝したら、風邪ひくかも…」
「それは勘弁」
「それはそうと、やっぱり飲み物が足りないわよ。誰か買いに行かない?」
「あっ…僕行ってくる?」
芦原がそう言うのにすかさず、和谷が止めに入った。
「いや、いいですよ。俺行ってくるから…。ほら、お前も少しは動けっ!」
「えーっ、オレ?」
なんでだよぉーと、ぶつぶつ言うのを無理やり引きずり出し、外へと連れ出す。
「うわっ、ホントに寒いっ!」
ブルっと肩を震わすヒカルに、手に持っていた自分のマフラーを巻いてやる。
「コンビニまで結構あるのに…」
「文句言うな。お前、今日一歩も外に出てないだろう」
「だって、寒いんだもん」
「少しは運動しないと太るぞっ」
「えーっ?」
話しながらそれでも歩いていると、少しずつ体が温まってくる。
「本当に降るかな…雪?」
「さあ、どうだかな…。まっ、降ってもまだまだ積もるほどじゃないだろう」
「そっか」
そんなふうに頷いたヒカルは、夜道だからなのか和谷の腕に手を絡めてきた。
「進藤?」
「こうしてた方が暖かいじゃん」
そんなふうなヒカルの様子は、和谷にとって嬉しい誤算だった。
「あっ…!」
「何?」
「今、フワって白いものが…」
言われて、空を見上げると細かい白い粒が、ふわふわふわふわ落ちてくる。
「雪だ…」
「ホントだっ!」
細かな白い粒は本当に雪だった。
「なんか、こういうのロマンチックって、いうのかな?」
ヒカルがあまり普段言わないようなことを言う。
「二人っきりだから?」
でも、そうかもしれないと和谷も思う。
「…うん」
素直に頷いたヒカルの手がぎゅっと和谷にしがみついてきたのは、寒さのせいだけではなかったはず。
こうして、買い物に出た二人が、部屋に戻ってきたのは、皆がいい加減出来上がっていた頃で、どこで何をしていたんだと、ひたすらからかいのネタになったのはいうまでもない。