TRICK OR TREAT
「なんなんだ…このお菓子の山は?」
用事を済ませ、宿へ戻って一休みをしようと思っていたところへ、ドアを開けた途端に目に飛び込んできたその部屋の惨状に、深く静かにため息を漏らした。
元来寝るための場所であるベッドの上から、何故か床の上まで、お菓子らしき袋やら包み紙やらが散乱していて、まさに足の踏み場も無かった。
「あつ…ゴメン、今片付ける」
姿は見えねども、部屋の奥からスタンの声がする。
そう言いながら、なかなか出てはこない。
「悪い…そっち片付けたいのは山々なんだけど、ちょっと無理みたい。こっちも手が離せなくて…だからリオン、適当に避けて中は入ってよ」
適当に…適当にとはなんだっ!などと、スタンの言い草に少し腹を立てながらも、落ちているものを踏まないように掻き分けながら、部屋の中へと入っていくとベッドの向こう側でなにやらごそごそと動くその姿を見つけた。
「これはなんなんだ?」
「うん、収穫祭…じゃなくて、なんだっけ?」
「…?…」
「うちの村の方じゃ、収穫祭って言われてるんだけど、フィリアが言うにはなんか、聖人の日のお祭りなんだって」
「ああ、万聖節」
「ばんせいせつ…?」
「収穫祭というのも、間違ってはいないな」
「ふ~んそうなんだ。やっぱリオンは、いろいろ知ってるんだな」
さも感心したようにスタンが頷くので、呆れ果てる。
「貴様が、知らなさ過ぎなんだ」
そう言われてスタンは、情けなさそうに頭を掻いた。
「でさ、前の日の夜に子供たちが村の家々を廻って、お菓子をもらったりするんだよ」
しかしそれでも、すぐに立ち直るのがスタンのいいところでもあり、欠点でもある。
「前夜祭か…」
「そうそう、だからさこれたくさん用意してみた」
「…買い過ぎだろう」
「そうかなぁー」
この部屋中に広がるお菓子の量はいくらなんでも多すぎだろう…と思って、そう言ったのにスタンは違う反応を見せた。
「だって、この町は子供が多いし…」
「そりゃ、お前の住んでいた田舎とは違うからな。だが、この町の子供全部が家々を廻るとは限らないだろう」
こんなに買ってきて本当にどうするつもりなのだこいつは…と思い、お菓子を手に持ってしみじみと眺めながら、吐息をついた。
「まっ、余ったら余ったで、そのときに考えればいいさ」
この相変わらずな能天気さ加減に、頭が痛くなる。
「なあーそれよりさ、今…いろいろ合わせて別の袋に詰めなおしてるんだけど、それ手伝ってくれよ」
「なんで、僕が…?」
「えーっ、いいだろう。本当はフィリアとルーティーとマリーさんが手伝ってくれるはずだったんだけど、今出かけちゃってっていないから、ひとりでやってるとさなんかつまらなくて…寝ちゃいそうにもなるし」
「お前が勝手にやってることだろう」
「そうだけどさ、話しながらやった方が、眠くならないし…」
「僕は貴様の眠気覚ましか!」
「ぃやぁー、そうじゃなくって…お願いします。手伝ってくださいっ! リオン様」
お願いっ!と言って、手を合わせるスタンに渋い顔をしながらも仕方なく、お菓子を拾い上げ空間を作って腰を下ろした。
「こんな感じでいいのか」
いろいろな種類のお菓子を寄せ集めて可愛い柄の袋に入れ、途中できゅっと絞って、カラフルな紐でくくるという作業を見よう見まねでやってみた。
「ああ…うん、うまいよリオン。さすがに器用だな」
誉められて嫌な気はしない。至極単純な作業ではあるが、不恰好にならないように平均的に詰めるそれが、続けてみると案外楽しいとも思えた。
それにしても、お菓子がこんなにいろいろあるなんて知らなかった。
子供の頃から、あまりお菓子とは無縁の生活をしていたので、こんなふうにたくさんのお菓子を一遍に見たのも初めてかもしれない。
「俺も子供の頃はお菓子が欲しくて、必死に村中の家々を回ってた。でも小さい村だからさ、すぐに村はずれに着いちゃうんだよな」
「リーネ村だったか?」
「うん、そう。そこの一番村の奥に俺んちがあるんだ。じっちゃんとリリスと俺の3人で暮らしてた」
それは、スタンと出会って少し経った頃に聞いていた。
二人の兄妹がまだ幼い頃に両親をなくしていたことも…。
別に、よくある話だと思っていたし、いてもいなくても同じようなものだと思う親を持っている身としては、そのときは特別気にもしていなかった。
けれど、今は思う。スタンが何故こんな風に明るく素直で前向きなのかと…。
「…でさ、近所のおばちゃんとかにもう一周していい?って聞いたら、拳骨もらったことがあるんだよ」
「…呆れた奴だな」
「だって、そんときはお菓子が欲しかったんだよ。でもおばちゃん、あとでこっそり俺とリリスのバケツにお菓子を足してくれたんだ…嬉しかったなぁ」
こんなふうに周りの大人たちがみんな良い人間だったんだろう。
時には叱り、時には可愛がり、当たり前のように自分の子供と同じように接する。
村の人間みんなで慈しみ、育てる。
何もかも正反対だ。
「それにしても、夜までに終わるのか、これ…?」
「うん何とかなるよ。あとでフィリアたちも戻ってくるはずだし、そしたら手伝ってくれるからさぁ…たぶん」
「たぶんってなんだ、たぶんって…!」
「う~ん…大丈夫だと思うんだよ。ただ、帰りの時間聞いてなかったからさ…」
このおおらかさも育まれたものなのかもしれないが、これは少しばかり問題なんじゃないかと思う。
そして、ずっと同じ体勢だったので、身体をほぐそうと立ち上がりかけた途端にスタンが妙な行動に出た。
「リオ~ン?」
急に猫なで声を出して拝み始めたので、思わずその頭をパシっと叩いてやった。
「痛っ!」
「気持悪いからやめろっ! そんな暇があるなら手を動かせっ!」
そう言ってから身体をほぐし、スタンの横に座りなおすと再び、袋詰めに没頭した。
無論、スタンがこんなことで口を閉じるはずも無く、延々と子供の頃の思い出話を話し続けていたのだが、それはBGMと思って聞き流すことにきめ、せっせと手を動かした。
自分のではない、スタンの優しくて暖かい思い出に浸りながら。
「Trick or Treat?」
「…はぁっ?」
「…って、言うんだったよな」
「うん、そうだけど…」
「来ると思うか…子供たち?」
「来るよ…絶対! Trick or Treat?って言いながら、たくさんね」
たくさんの子供たち…か、それもいいだろう。
たまには、善人の顔をしてみるのも悪くない。
煩わしいことは大嫌いだったのに、そんな風に思うのはやっぱりこの馬鹿の影響かな…。
そうやって、変わっていけるのだろうか。
ムリなことだと解ってはいても、心の隅にそう願う自分も存在する。
スタンのように生きられたら…と。
「リオン?」
「なんでもない」
そう応えるとスタンの肩に頭を持たれかけた。