木芽月
険しかった雪道から徐々に地面が見え始める道に出ると、あたりの空気もどことなく春めいている。
こんな風景を見ると。ふとイセリアのことを思い出す。
ずっとずっと旅をして歩きながら、こんなところにまで来てしまった。
テセアラという世界が、どんな世界なのか、自分で歩いてその目で確かめて、文明の発展や目に見えた豊かさ以外は、さしてシルヴァラントと違いがないことに気がつく。
こんな風にたくさんの自然があることも、シルヴァラントと一緒だった。
果たして、このテセアラに四季というものがあるのか、始めロイドは分からなかったから、ゼロスに聞いたことがある。
「当たり前だろう…当然あるさ。場所によって変化の差はあるけどな。アルタミラみたいに、一年中暖かいとこにだって、一応季節はあるんだぞ」
呆れたような顔をしながらゼロスは答えてくれた。
そして、その時は、至極当然のように言われたアルタミラの四季の移り変わりとやらは、未だロイドには、まったくもって分からない変化なのだった。
世界にはまだまだ、いろいろなことがあるんだなぁ…と言って、ゼロスに大笑いされていたのはついこの間のことだ。
「なんだか、歩きながら四季の移り変わりを感じるって言うのも、不思議な感じ」
「そうだねー。でも、旅ってそんなもんだろう」
しいながそう言うと、みんなも頷く。
歩きながらの旅は、辛いときもあるけれど、楽しいこともたくさんある。
旅を楽しんでいられるような状況にある訳ではないことも重々承知しながら、それでも楽しみは少しでも多いほうが、これから先に対する意欲にも繋がると、それぞれが考えていた。
そんなことを考えてでもいないと、自ら望んだとはいえ、あまりにも重い旅の目的に気持ちまでが重くなってしまうから。
「あっ…」
「なんだどうした」
ロイドが声を上げたので、近づいてみると、そのすぐ横に立っている木を指差して、見て見ろよ…と言う。
「ん…」
「ほら、あれ」
枝の先端の方をよくよく見てみると、小さく膨らんだ芽らしきものが見える。
すぐそこまで、春が来ているという証の、小さな小さな命の息吹。
「もうすぐ春なんだな」
その木をじっと見つめるロイドの横顔に、魅入られる。
「春になると、すごくきれいな新緑色の小さい葉っぱが、ぱぁーって出揃う木がイセリアの森にあるんだ」
「へぇー」
「こーんな大きな木なんだけどな、冬になるとみーんな葉っぱが落ちて、冬から春に変わる頃、こんな風にいっぱい小さな芽をつけて、春になると薄い緑色した葉っぱでいっぱいになる。夏には濃い緑に変わって、秋になると紅葉して…」
「きれいなんだろうな」
ゼロスがそう言うと、振り向いたロイドが、それは懐かしそうな顔で頷いた。
「すっごく!」
「見て見たいな…俺も」
ゼロスが呟く。
新緑の葉に彩られた大きな木の下に、暖かい笑顔のロイドの姿。そんな光景が、まぶたの向こうに浮かんでくる。
以前急ぎ足でちらりと立ち寄ったイセリアの村は、とてもとても小さい村だったけれど、暖かった。
村を出るときに、いろいろあったということを、コレットやジーニアスに聞いて知っていたけれど、そんなことを思わせないぐらいに、村の人たちは暖かく迎えてくれた。
ロイドはむろん今も村人を危険な目に合わせたという教訓を、胸に刻んで忘れてはいないようだったけれど。
あの場所で、育ったんだと思えばこそ、ロイドという人間がどういう人間なのかということが、よく分かる気がした。
あの村の森で、ロイドたちはどういうふうに遊んでいたんだろう。
子供の頃から、そういう場所には縁のなかったゼロスは、ロイドがとても羨ましくみえた。
「行ってみたいな。俺もそれを見に…」
「行こう…いっしょに。全てが終わったら、必ず」
ロイドはゼロスに笑いかける。
「そうだな…みんなで一緒に行くか。イセリアの春を…」
「そう、みんなで一緒に、イセリアに」
―――大きな木のあるあの森に……
「俺さまは、二人っきりのが本当は、嬉しいんだけどね」
一応、本心だとしても、重くならない程度に自分の意見を主張してみる。
「みんなで一緒に行った後でいいんなら、いくらでも付き合うさ」
意外な返事が帰ってきて、ゼロスは大喜びでロイドに抱きつき、きついパンチを食らう。
「いたたたたっ…」
「ロイドぉー、早く来なよ」
道の先でジーニアスの呼ぶ声がした。
「みんなに追いつくぞ、ゼロス」
「ハイハイ、今行くって」
ふたりは次の季節に向かって、歩き出した。