梅見月
小さくて可愛い白い花が枝いっぱいにほころんでいる、手を伸ばしたら届きそうな高さの木が、たくさんたくさん並んでいた。
それが夢なのか現実なのか、ただ記憶の奥底に残っている。
いつか見たことのある風景。
傍にいる人影は、父と母…?
今も忘れてはいない。
「ハニー」
相変わらずふざけた呼び名で、声を掛けてくる。
「…なんだよ」
いくら反論しても、馬耳東風、暖簾に腕押し、無駄だと知ったロイドは、その呼び名を聞き流すことにしてしまった。
それをいいことに、いつでも何処でも呼び放題。実はゼロスの計画的犯行だったのでは…と、周りのみんなは思っている。
「ハニー、ハニーってば」
「だから、なんだって聞いてるだろう」
返事はしたものの、ゼロスを待つことなく、すたすたと歩いていたロイドは、腕を掴まれ半ば強引にその場に引き止められてしまった。
「待てって、言ってるだろう」
「だから、何の用なんだよ」
どうやら、ロイドは少々ご機嫌斜め、けれどそんなことにはお構い無しのゼロスは、いつもの調子でにこやかに話し出す。
「ちょっと、いい話?」
「………」
「今さっき、ちょっと小耳にはさんだんだけどさ、もしかしたら前にハニーが話していた、花の木のある場所が分かるかもしれない」
「えっ!」
あの場所が…夢かもしれないと思っていたあの場所が…。
思いもかけなかった朗報に、ロイドの心は震えた。
「どうやら、ミズホの村の近くらしいって、話なんだ」
ミズホの村といえば、しいなの故郷。それらしい話をしいなに聞いたことはない。
「でも、そんな話聞いたことないぞ」
「ハニー、しいなに例の話したことある?」
言われて考えてみて、したことがないとはたと気がつく。
「…無い」
「だろー。俺さま、しいなにも確かめてきたんだからな」
「それで、それで…?」
「確かに、そういう場所があるそうだ。普段はあまり人が近づかない場所だって言ってたが」
もしその場所が本当に合っていて、ロイドの記憶が確かなら、ロイドは幼い頃、テセアラにいたこともあるということだ。
「オレって、もしかしてテセアラの生まれなのか?」
「否…それはないだろう」
即答されて、ちょっとだけムッとする。
「とにかく、とりあえず行ってみないか?」
「あー、でも…」
まだまだ、旅は続く。勝手に個人行動をしていていい場合じゃない。
「大丈夫、さぁーって行ってきて、さぁーって帰ってくればいいんだから」
「全く、簡単に言ってくれるよな」
「じゃ、ちょこっと、コレットちゃんにでも断ってきますかね」
反論する余地もなく、ゼロスは跳んでいってしまった。
そして今、ロイドとゼロスのふたりは、ミズホの地に降り立っていた。
「この辺だと思うんだけどなぁ。森が深くて分かりづらいったらないな」
「レアパードで下を見たとき、もう少し奥の方に、違う木の種類が固まって立ってた」
ロイドは、飛んでいるときにしっかり下を見てそれらしいものの位置を覚えていたのだった。
「んーじゃ、行ってみるか」
奥へ奥へと進んでいくと、明るく光が差し込んでいる場所へと出た。
「ここか?」
確かにそこには、他の場所とは違う、少し背の低い木がたくさん並んで立っている。
けれど…花は咲いていなかった。
「花…咲いていない」
「そう言えば、花が咲くのは寒い季節だとか、しいながいっていた気がする」
「…ダメじゃん」
「ハニー、そんな身も蓋もない」
本気でがっかりした顔を見せるロイドに、ゼロスは約束を切り出した。
「じゃあさ、絶対絶対、次は花の咲いてる季節に連れてきてやる」
「約束だぞ」
「ああ、約束だ。その代わり、ハニーはずっと、俺さまから離れたりしないこと。これも約束だからな」
「…わかった、約束する」
「じゃ、約束のしるし」
不意打ちで、その唇にキスを落とす。
「ゼロスぅーっ!」
赤い顔で怒るロイドの耳元で、ゼロスが囁く。
「お前の夢、現実だといいな…」
白い小さな花の咲く木の下で、幸せそうしている父と母と…そして自分。
花咲く季節に、どうか本当に―――――