笑顔に会いたい
夜中にふと目が覚めて、隣にあるはずのぬくもりがないことに気がつく。
薄暗い部屋の中を見回すが、その姿は見当たらない。こんな時間に何処へ…と思いながら、自分も起きだし、寝ていたままの服装で、部屋から出た。
廊下にもいない、階下のロビーにも見当たらない、ホテル中を隈なく探したが、どこにもあいつはいなかった。
(ひとりで部屋を抜け出して何処に行ってるんだよっ…)
寝るときは確かに、自分の横にいたはずなのに…。
このままの格好では外には出られないしと仕方なく、部屋に戻ったロイドは、結局外へは探しに行かずに、そこで待つことにした。
出会ってすぐの頃からそうだった。
ちゃらちゃらしていて、軽薄そうで、なのになんとなくどこか違う感じがした。どうしてそんな風に感じたのかは分からなかったが、とにかく違う気がしたのだ。
ある時、ロイドは気がついた。目が笑っていないのだ。
女性に囲まれている時も、ロイドたちといる時も、にこやかに微笑んでいるようでいて、実際は目だけが笑っていない。
とてもとても冷たい目が、周りを見回している。
そうして、気を許しているように見せかけておいて、実は全く自分をさらけ出さない。全てにおいてがその調子だった。
絶対に自分のことを話そうとはしない。
そして、何かの折にふらりといなくなる。すぐに戻りはするのだが、何処に行ったとも何をしてきたとも、一度も聞いたことがない。
何処でいったい何をしているのやら、ロイドは聞いてみたい気持ちがいっぱいだったが、それはしちゃいけないことだと、自分に言い聞かせて我慢をしていた。
それはそう、こんなふうになってからも…である。
いつもの他愛もないゼロスのスキンシップが、こんなことを意味しているなど、ロイドには想像もつかなかったから、だからあのときも、軽く受け流していたのだ。
「ハニー、そんなに無防備だと、俺さま襲っちゃうよ」
伸ばされた手を、「バァーカ、何言ってんだ」と言って、笑いながらかわしたと思った瞬間、強い力で抱き寄せられた。
思っていた以上に力強いゼロスの前に、抵抗らしい抵抗も出来ないまま、ロイドは全てを奪われていた。
全然抗わなかったわけではない、たぶん少しはしたはずだとロイドは、思う。
けれど、そうなってしまった。
その後も、ゼロスは相変わらずだし、ロイドもあまりそのことにあえて触れようとしなかったのだが、ある日、ぽつんと言われたのだ。
「お前にとって、俺はその程度の存在なのか」
始めは何のことを言われているのか、さっぱり分からなかったのだが、クラトスなどと話をしていたりするときに限って、ちょっかいを掛けてくるゼロスの行動に、いくら鈍いロイドでもさすがに気付く。
「だったら、始めっから、口で言えよっ」
もっともなロイドの言葉に、ゼロスはしれっと言い放った。
「言ってたじゃん。本気にしなかったのは、ハニーの方だぞ」
あれを本気にしろと言う方が間違っていると、抗議するロイドを、手練手管を駆使して、逆に落としてしまう。
「ハニーは、俺さまのハニーなんだからさ、他の奴と仲良くしたりしちゃダメなんだぞ」
ゼロスのことを仲間という意識から、恋人という意識に持っていくには、ロイドはまだ幼くて、たびたびゼロスからそんなことを言われていた。
しかし、人間覚えれば、早いもの。
ロイドの方も次第に、ゼロスの周りを女の人が取り巻いていたりするのをみると、妙に胸の辺りがムカムカして堪らなくなっていった。
それが嫉妬と言う感情だということに、気付いたのはすぐだった。
そして、いつもと変わらないようでいて、まるで違う毎日を過ごし始めてから、ロイドはますますゼロスの影の部分が気になりだしてきた。
テセアラの神子である彼の背負ったものは、ロイドにはどのぐらい重いものなのか、想像することしか出来ない。話してもらったからといって、それでロイドがそれを、一緒に背負える訳でないことも分かっていた。
けれど、話してもらえないことは、寂しい。
今がどれほど大変な時なのかも、充分分かっている上で、ロイドは話がしたかった。
ゼロスが何を思い、何を考え、どうしたいのか。
それを言い出せないままに、日々は巡る。
ロイドの思いとは裏腹に、ゼロスの単独行動は続いていた。
何か言いたげにしているロイドの態度に気付きながら、それを見なかったふりをするゼロス。
2人の関係は微妙で、危うくて、でも離れられない。
「オレはお前を信じているから…」
その言葉に、ゼロスは笑う。
「なんで、笑うんだよ」
「そんなこと言って、本当にいいのか?」
「当たり前だろう!」
真剣なロイドに、ゼロスは戸惑っていた。
本当の意味での生き方を、こいつとなら歩んでいけるのかもしれないと、思い始めていたから。
今までの自分を捨て、ともに生きていきたいと、ロイドに出会って、初めて思った。
こんなに心引かれる存在が出来たことに、ゼロスは自分でも激しく驚いていて、素直にはなれなかったのだ。
「あんたが必要だよ…ゼロス」
その言葉は、ゼロスの胸を大きく振るわせた。
もう欲しいものは何もない…と、思えるぐらいに。
「一緒に行こう、これからもずっと…」
そして、ゼロスの顔には、作ったものではない、無意識のそれはそれは幸せそうな笑みが浮かんでいた。
「ああ、これからもよろしく頼むぜ、ハニー」
「んんぅー」
力で押さえつけられ、暴れ、振り回した腕でゼロスを殴る。
「いてぇ~」
「この、くそったれっ! 何考えてんだよ、こんな昼日中の往来でっ!」
「何って、そりゃあ、ハニーと半日振りの再会って、ことで、熱い抱擁を…つっ」
すかさず、ロイドの拳が跳んだ。
「よぉ…っと、何も、いきなり殴らなくてもいいだろう」
「あんたが、ふざけてるからだ」
「ふざけてないって、俺さまおおいに大まじめ!」
「それが、ふざけてるっていうんだっ!」
怒鳴り返して、つかまれたままだった腕を振り解く。
「…つれない」
「うるさい」
調べごとがあって、別行動を取っていたロイドたちがばったり街中で出会ったのは、ほんの偶然の出来事。ロイドの方だってそれを喜んでいないわけではなかったが、大げさにこんな場所であんな抱擁をされるとは思っていなかった。
途端にロイドの機嫌が悪くなっても、当然である。
「なーなー、そんな顔しないで、笑って、笑ってぇー」
「お前がひとりで笑ってろっ!」
「ハニーさ、最近俺さまに冷たくない?」
「お前がしつこいから」
「俺さま、しつこい? うっとうしい?」
「だ・か・らー、あー、もういい勝手にしろっ」
「ハイハァーイ、勝手にしまーす」
「…と、言うことで、飯食いに行こう。な、ロイド」
満面の笑みを向けられたロイドは、今の今までしていたしかめ面を思わず緩ませてしまうのだった。
「お前のおごりだからな」
「もちろん、仰せのままに…」