FUZZ
みんなの一番後ろを歩いていたゼロスが、一番初めにロイドの変調に気がついた。
実は前の日にロイドを構っていた時、少しだけ体温が高かった気がしたので、ゼロスはそれとなく様子を伺っていたのだ。
少し歩調が乱れてきたロイドの傍に近づくと、ゼロスはその身体をいきなり抱きすくめたのである。
「なっ…何すんだよっ」
驚いたのはロイドだ。何の前触れも無く近づいてくるなり、後ろから抱きしめられれば、誰だって驚くだろう。
「…やっぱり」
「何が、やっぱりだ…?」
「なあ、先生…やっぱり今日はこのまま引き返して、ミズホの村に泊めてもらおうぜ」
ロイドの声を無視して、ゼロスはリフィルに声を掛ける。
「何、どうかしたの…?」
「ハニー、熱出してるみたいでさ」
体力には自信があったはずのロイドも、いろいろなことが一辺に重なって、心労になっていのであろう、思いがけず体調を崩してしまっていた。
そんなロイドの心の痛みを、ゼロスは敏感に感じ取っていた。
人一倍頑張りやで、一人で溜め込むところのあるロイドの気持ちを、誰よりも考えている。
付き合いの長さは、コレットやジーニアスたちには適わないけれど、それでもロイドに関しては、自分はずいぶんと分かっているはずだと、ゼロスは自負している。
普段はからかってばかりいて、ロイドに煙たがられているけれど、それはそれで自分に対しての予防策だった。
目的に向かって進んでいるロイドを、自分の気持ちなんかで振り回しちゃいけないと、そう思っての予防策。
本当の気持ちを知られて煙たがられるより、わざとちゃかして、適当な奴…と思われていた方がまだましだとゼロスは思ったのだ。
それに…。
自分にも、やらなければならないことがあるから。
そんな風にどこかで一線を引いておかないと、自分が取り返しのつかないことをしてしまいそうになるのではないかと、少し怖かったのだ。
「ほらロイド、戻るぞっ!」
「大丈夫だってばっ!」
強がるロイドを軽々と押さえつけてしまう。優男っぽく見えても、実のところそれなりに鍛えていたから、ロイドよりもずっと力が強い。
「おとなしく戻って、ベッドに入らないと、襲うからなっ!」
「まーた、そういうこと言って…いい加減聞き飽きたんだけど…」
むろん冗談としか捕らえていないロイドや、周りの仲間に言わせるとこんなものでしかない。
けれど、ゼロスにしてみれば、半分本気の入った冗談なのである。
「もう、ホント言うこと聞かないんなら、担いでいくぞっ」
「わーわー、やめろよなっ! もう、わかったよっ…帰るよ帰る」
本当に担ぎ上げられそうになったロイドは、慌ててもと来た道に方向転換した。
「始めから素直に、そう言えばいいのに…」
しいながぼそっと、呟いた。
「全く、熱があるくせに我慢しているなんて、返ってみんなに迷惑がかかるでしょう。そのぐらいのことが分からないの」
リフィルに強く言われ、ロイドは叱られた子犬のように、しゅんとなってしまう。
「まあまあ…、ハニーはたぶん自分でも気がついてなかったんだろうから、もうそのぐらいで勘弁してやろうぜ」
なんだかんだとゼロスに救われた形になったロイドは、彼なりに感謝するつもりでおとなしく宿のある町へ引き返した。
◆◆◆
「ロイド…寝てるか?」
うつらうつらとしていたが、その声で目を覚ました。
「…う~ん」
「食事持ってきたけど、食べられるか?」
「大丈夫…食べられる」
ゼロスが持ってきたのは、野菜とお肉が入ったポトフのようなスープ。温かなゆげが上がっていて、それはとても美味しそうに思えた。
スプーンを受け取ってスープをすくい一口、口に入れてみる。
…ん?
ロイドは、首を傾げる。
もう一口…やはり味が分からなかった。
「どうした…?」
「これ、味ついてる?」
聞かれて、飲んでみないと分からないと思って、ゼロスはロイドのスプーンを借りて、飲んでみる。
「あるぞ。ちゃんと肉のだしも野菜の旨みも出てて、美味しいぞ」
「オレ、味わかんない…」
苦虫をつぶしたような、情けない顔をしてロイドが言った。
「熱で、舌がバカになっているのかもな。飲みたくなければ無理しなくていいけど、
少しでも栄養つけたほうが、治りも早くなる。それに水分だけは取らないとな」
ゼロスの言葉に頷いたロイドは、少しずつスープを口に運んだ。
中の野菜や肉も食べ終わって、スプーンを皿の中に置いた。
「ごちそうさま」
「大丈夫か?」
「うん別に、なんともない。ただ頭がくらくらするだけ」
「これ飲んどけ」
水の入ったコップと、薬らしい包みを渡された。
「げぇー、薬ぃ~っ」
ロイドは大げさに顔をしかめる。
「うちの秘伝の熱冷ましだ。よく効くんだから、ちゃんと飲めよ」
仕方なくロイドは包みを開け、口の中に薬を放り込むと一気に水を飲み干した。
「にが~っ」
「良薬口に苦しって言うだろう」
もっともなことを言われるが、やっぱり苦いものは苦い。何か口直しをとポケットを探っていると、横から手が伸びてきて、ロイドの手のひらに飴玉が乗せられた。
「薬の苦味だけは感じるんだな…」
ぽいっと、もらった飴玉を口に放り込んでから、それに答える。
「そうだな…、なんで苦いのだけわかんだ。苦いのもわかんなかったらよかったのにっ」
ロイド言い草にゼロスが笑った。
「笑うなよっ、苦いもんは嫌いなんだから、しょうがないだろう」
「ハニーは、お子様並みの味覚だったんだ」
「誰がハニーだっ! 誰がっ☆」
「ここにいるロイドく~ん?」
ふざけてからかわれているだけだと気がついていても、無性に腹の立つ時もある。
「ゼロスっ!」
ベッドから降りて報復に出ようとしたロイドを、ゼロスは慌てて止める。
「ダメだろ…寝てなくちゃ」
「誰のせいだ…」
「ハイハイ、俺さまが悪うございました。謝りますから、ちゃんと寝ていてください」
「…ちっとも済まなそうじゃないっ」
「ホント、悪かったって。とにかくおとなしく寝てくれ、出ないと熱が下がらないぞっ!」
今度は素直に言うことを聞いて、布団に潜り込んだ。
「なぁー、ゼロス」
「なんだ?」
「オレさ、子供の頃は、やっぱり熱とか出したりしたんだけど、いつも一晩中親父が看病してくれてさ、すごく嬉しかったんだ。親父と2人っきりだったけど、不満なんてなかった」
「いい親父さんだったんだな」
「うん。でも…でもさ、時々思ってた。こんな時母さんだったら、どんな風に看病してくれるんだろうなって。すごく親父に申し訳なかったけどな」
「まあな…そんなこともあるだろう」
「…とうさ…クラトスだったらどうだろう? やっぱり一晩中寝ないで看病してくれていたのかなぁ」
「ばーっか! 子供が大事じゃない親なんているもんかっ! ましてや、あいつのことだ、ひとり息子が心配で心配でオロオロするに決まってる」
「…かな?」
「だよ」
「じゃ、もういいや」
「なんだそりゃ?」
一人で納得してしまったロイドに、ゼロスの方が納得がいかない。
「なぁ、お前はどう、心配してくれる?」
「…ったりまえだろう。じゃなかったら、こんなふうに面倒なんか見るか」
「うん。ありがとう」
やけに素直なロイドに、今度は面食らってしまう。
「もう寝ろ…」
「そうだね」
「みんなに心配かけんな」
「うん」
「俺さまにもだ」
「うん…。おやすみ、ゼロス」
「おやすみ」
眠りついたロイドにそっと口接けを残し、ゼロスは部屋を後にした。